安全安心

「先行き不透明」というワードが、

私的にはトレンド第1位にランクされている。

訳がわからない中で、五里霧中状態で、

しかし、ある現実は我々の前に突如その姿を現す。

自然現象のように、人間の介入を拒み続けて。

 

客観的合理的な安全ではなく、主観的な安心に沈溺する。

それが今の心境だ。

 

 

内発

外からの圧力がないと始まらないし

加速していかない。

日本という国、社会を考察する上でここ数カ月は言葉は悪いが面白いことになると思う。

 

学校教育の世界では内発的なことは高く評価される傾向が強い。

主体性や自発性、自主性だ。

しかし、どんなことでも初発は外からの影響だろう。

あまり、内、外を区別しても意味ないか。

 

自分自身をモニターしていく。それを考えている自分をみつめる自分。

 

 

 

妄想

図書館が閉鎖されているのは辛い。

仕方がないから梅田の本屋に行っている。気分転換にもなるし

年寄りには健康維持にも役立つ。

バス、電車を使うが、車中では本を読んだり、飽きてくれば

人間観察に没頭する。

外見から想像、妄想するのだが、どこまで物語を膨らませることができるか。

気持ちが高揚しているのはこれから恋人に会いに行くのか、ドア付近の女性は昨夜、恋人と些細なことで諍いをおこし、そのことが心を重くしているのか。電車の外ばかりを見やっている。

マスクで表情が読み取りにくい。身体全体から滲み出てくる雰囲気で創作するほかない。

一つのストーリーに仕上がったらいいのだが、大概、梅田の終点につくことが多く途中で終了だ。

しかも、ステレオタイプなものだ。そして、

改札を出たら記憶にも残っていない。

 

教壇

どこかで読んだ話だが、

教壇(なんとも古い言葉だ)に立つ気持ちのある者は、それなりに

誰でもその役割を果たすことができるというものだ。

教えるー学ぶという関係は誤解の上に成り立っているのかな。

コミュニケーション自体、誤解なしには成立しない。

 

教えるということはどういう行為を言うのだろう。

今もってわからない。

なんとも情けないが。

 

 

散歩

今朝、用事をかねて1時間弱散歩をした。

身体が抜群に調子いい。

身体が好調だと気持ちもスッキリとして積極的になれる。

今まで理屈ではわかっていたが、実行して実感すると本当だと感じる。

 

現在、緊急事態宣言下で公共図書館も閉鎖されている。

いいアイデアを生かすために書籍を閲覧できないのは辛い。

メモを貯めて20日以降宣言が解除になれば早く文章化して

論稿作成に弾みをつけたい。

 

危機

これから9月上旬までの3ヶ月はしっかりと

目をこらして社会の動きをみていく必要を感じる。

危機に際して、さまざまな事柄の本質が暴露されてきたこの一年を

顧みて、その危機の集中的集約的な時期が迫ってきているからだ。

 

同じ日本でも東京に暮らしていない私はどこか

他国の出来事のように毎日のニュースにふれている。

リアルさがわからなくなっている。

 

危機を危機と感じる感性はどうやったら身につくのかな。

スランプ

何かに行き詰った時に

どうすればそれを突破できるか。

対話だろうとは思う。

しかし、それができないなら次の手はなんだ。

おおよそ想像はできるが。

 

まあ暫く休憩していよう。

休みが長引けば何かが現れてくるはず。

それを信じよう。