時間

考え出すとわかないことがあまりに多いことに愕然とする。

いま考えているのは、明治後期から大正時代にかけて(1900年ごろから1920年ごろにかけて)、小学生はどのようにして登校していたのかということです。

例えば、朝8時30分に学校に到着しなければならないとして、家を出る時刻は何によって知ったのか。各家庭に時計がある家もあれば、ない家もあっただろう。ない家庭の小学生はどうしたのか。時計がある家の小学生が誘いにきたのか。農村部であれば寺の鐘か。あるいは、日の出とともに起床し食事を済ませるとすぐに学校へと向かったのか。登校の形態もわからない。集団で登校していたのか、個々ばらばらに登校していたのか。

都市部であれ、地域の中での人々の結びつきは現在よりももっと濃厚であったのか。そこから考えてみるか。当たり前に行っていた行動は記録には残らない。

1920年に「時の記念日」が制定されている。6月10日だ。時間の意識も時計の普及もまだまだであったのだろう。